Accidents will happen!


ドナドナ NEW
LOVE ME TENDER
スタンドのおじさん
知り合い?
車はちゃんと教えてくれる
エンジンGET!!!
うぁ〜、やってしまったぁ〜!

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ドナドナ
 2号がもらわれていった... 1年とちょっとのつき合いだった。
自分の手によるレストアを、といきおいづいて手に入れたものの気づいてみれば、数回のエンジン不調の調整程度。
何の手もかけず嫁いでいった2号は、親の立場からすると『良い子』だったのか。 なんとも言えない気持ち...。
 都区内での2台の所有は、たとえ軽であったとしてもかなりの負担を強いられる。(特に食費にはねかえる)その結果として今回のドナドナとなったわけだが...
  そもそもそれがどうだったと言うのだろう?初めからわかっていたことだったのではないか?好きなモノを愛し、その良さを自分自身で体感し、それを何か別のモノにかえて表現することがお前の使命だったのではないか?生活がなんだ!そんなものくそ食らえじゃなかったのか?

 そんなことを改めて考えた...( 車に対する価値観=人生に対する価値観...やばい)

しかし、これもなにかの転機。 残る1号にその愛情をそそぐことを強く自分に誓いつつ、GO NEXT  (暗くてすいません)
LOVE ME TENDER UP!
 当時通っていた大学は高尾、自宅は小田原、よくもまあ4年間も通っていたものだが...
その時の楽しみとして『Nコロで学校に行く』というのがあった。午後からの授業を狙って10時ぐらいに家を出る、のんびりと246号を走り厚木あたりから裏道のトラック街道(あれは何という道だったか?)に入る。川縁をずっと走るような道で晴れた日などはとても気持ちがよかった。道はいつのまにか町田街道に入り20号にぶつかり、高尾街道へ。上手く行けば、電車で行くより若干早い2時間で着くことができた。
この様にして大学3,4年の週一回は(途中修理で何カ月かの中断を余儀なくされたが)往復4時間のドライブを楽しんでいた。  事件はそんな大学3年の春(だったと思う)に起こった。  その日もいつものようにNコロで学校へ行き、授業を終え、友達と食事をし、Far East Networkを聞きながら246号を走っていた。10時頃だったと思う。
先ず、ライトが暗くなった気がした。元々そんなに明るくなかったが『バッテリーが弱ったかな』程度にしか思わず、仕方がないのでライトを上向きにして走った。
次にメータを灯しているランプが暗くなった、『疲れてるな〜』と目をこすった。少し明るくなった気がした。
今度はラジオが途絶えがちになった。さすがに『これはやばい』と思った。その次の瞬間エンジンが悲鳴を上げ始めた。(といっても『ぶぶぶび』という情けないやつ)
ラッキーなことにGSが見えてきた、GSに入ったとたんエンジン停止。
『お客さん、チャージランプつきっぱなしじゃなかったです?』
『そーいえば...』
『たぶんレギレーターもいっちゃってますよ!とりあえず急速充電しますけど...』
『は、はい、お願いします』 なんとか、事なきを得て帰り着くことができた。後日バッテリー交換、レギレーター交換、そしてそもそもの原因であるセルダイナモのブラシ交換...となったことは言うまでもない。 ...帰り道、バッテリーが持つかどうかビクビクしながら、頭のなかではPRESLEYがLOVE ME TENDERを何度も繰り返し歌っていた。そう、バッテリーに残ったかすかな電気で最後にFENから流れていたのはELVISだったのだ。
 それ以来、夜運転をしながら、ほのかに明るいNコロのスピードメーターを見るたび、耳元でELVISが歌い始めるようになった。

スタンドのおじさん  UP!

 車が車なだけによくスタンドのおじさんに声をかけられる。『いやーよく乗ってるね〜』とか『オレも乗ってたんだよね〜』とか。
僕のNコロはエアの抜けが悪いので、ガソリンを入れてもらう時に『溢れるんで気をつけてください』と言うことにしているのだが、こういう人にはなかなか言えない。たまに言ってみたりすると『そうそう、そうなんだよね...』とか言ってかえって話しが長くなったりする。
でも何故か、そういうおじさんに限って『あ、ごめんごめん、やっちゃったよ!』となる。
いままで10人ぐらいに言ってみたけど、全員が溢れさせた......(不思議)
知り合い?  UP!
 実家の小田原にいたころの話。友達と深夜ドライブをしていると、前をステップのピックアップが走っていた。偶然行く方向がいっしょだったらしく、僕が後ろから追っかけるかたちになった。しばらくして、信号待ちのステップから持ち主が降りて僕のほうに笑顔でやってきた。
『いや〜後ろにいたの気が付きませんでしたよ』
僕があっけにとられて、ステップが白煙を吐いていることを指摘すると
『こんどエンジン乗せ換えなんですよ、こないだのエンジンにするんですよ』
とのたまわった。さらに彼は
『今度連絡してくださいよ、じゃそんときに!』
終始フレンドリーな口調で去っていった。
となりに居た友達が『知り合い?』と言うので、僕は正直に『知らない人』と答えた。
連絡したくても連絡先を言ってくれなかったので、彼との縁もそれまでだった。
...彼は誰だったんだろう?僕を誰と勘違いしたのだろう?

車はちゃんと教えてくれる  UP!
 『車は急に故障しない、必ず前兆が現れる』よく言われることだが、これはホントのこと。
 あれは3回目の車検だから1993年のこと、いつものように地元の工場に車検をお願いし、しばし愛車とお別れ。1ヶ月ほどして車を取りに行き、しばらくぶりのドライブを味わっているとエンジンから『カタカタ..』という異音。(今思えばここで工場に引き返せばよかった)『ここで引き返せばまたしばらくこいつに乗れなくなる、え〜ぃ、帰っちゃえ!』と東京に戻った。
帰り道、異音はますますひどくなり『やっぱり来週戻って見てもらおう』と心に決める。  そして翌週、悪夢の帰り道。(英語にするとかっこいい曲名になりそうだが)
異音を気にしつつ、246号をひた走ること1時間...ついにその時は来た!
『カラカラカラ...』という音に続いて、『ギギギャラギャラ...』というものすごい音、脂っこい白い煙とともに空冷2気筒SOHCエンジンは天に召されたのだった。
運良く(僕の場合アクシデント後の運は良いほうらしい)そばのセブンイレブンに1日止めさせてもらうことが出来、その日は地元の友達に迎えに来てもらえた。家までの道のり、友達に『こんなことでいいのか?』と説教されたことは言うまでもない。  翌日、工場の人とユニックに乗って車を回収、後日の連絡で”要エンジン乗せ替え”を知らされる。クラブ等に所属しないことをモットーとしてきた僕に(今にして思えば実にくだらないモットー)エンジンのあてなどあるわけなく、僕の愛車は数カ月の間工場に置き去りとなった。  タイトルの通り、車はちゃんと事前に『教えてくれていた』わけで、確かに『あの時...』と後悔もするのだが、そこは世の中上手くできていて(お前の頭がイカれてるという話もある)ちゃんとエンジンが見つかってしまうと、『ま、いっか!』てなことになってしまったりする。
その辺のくだりは次のお話で...
エンジンGET!!!  UP!
 工場に車を置き去りにしたまま数カ月間が過ぎた。エンジンを探さなくてはと思いつつもなかなか見つからない、工場にもこのまま迷惑をかけるわけにも行かない、でも見つからない、気持ちが焦る
...そんなある日、大学の後輩でN3を手放したいという者が現れた、聞けばエンジントラブルが続き手に負えなくなったということらしい。出来ればトラブルの無いエンジンが良かったが、無いよりはマシと車ごと買うことにした。
後輩は車を大学に起きっぱなしにしていると言う、いつでもいいので取りに行ってくれとのこと。
前述のように大学は高尾、工場は小田原、かなりの距離である。さらに取りに行くのに使うユニックは、前回僕のために急遽、中古車を仕上げたもの。行ってくれる工場の人は『ホントに高尾まで行くんですかぁ?』とちょっと心配そうだった。
引き取り当日、工場へ行き『さあ、出発!』という段になって、工場の別の人が『近所に動いてなさそうなNがあったぞ』と教えてくれた。
行ってみると、N3のS-Typeでボディにへこみがあるものの部品取りとしてはなかなかのコンディションだった。だめもとで事情を説明すると、即決3万で話がついた。(後輩には悪いことをしたが) かくして、僕のN2のエンジンはN3のエンジンへと無事乗せ替えられた。1速を入れる時のあの『ゴリッ!』という感覚は無くなってしまったが(N2のエンジンはノンシンクロ、N3はフルシンクロ)考えて見れば、ボンネットはN600、キャブは水冷用、特に純正にこだわっているわけでもなし、『乗り続けることがすばらしい』と思って現在に至っている。(そのエンジンも最近調子が...)

 
High Speed Wheels!!!

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